HERO 《BLEACH dream小説・浦原 喜助》






わたしは、死神になる

わたしはこれからソールソサイティとこの現世を《虚》から、守る



―現世・空座町

「はーい、隊士学校新入生の皆さんはここに並んでね〜」

春、死神を目指すための学校に入った。

しかし新しく始まった日々に待っていたのは、緊張感のある鍛錬などてはなく……

「ようこそ現世へ。今回皆さんには、ソールソサイティを恐怖に陥れ、激震をもたらしたあの事件の中核人物であり、死神代行の許しを持った人間、黒崎一護について見聞を広めてもらいたい」

ソールソサイティと虚の現在を知るという名目の研修と称した観光旅行。

私は密かに溜め息をつく。

「ねぇ、凄いよってば!あの黒崎一護の話が聞けるんだぁ」

「うん、そうだね…」

私は適当に返事を返した。

黒崎一護といえば、死神界で知らない人はいないだろう。みんなが騒ぐのは分かるけれど。

引率の先輩に紹介されてブロックの一段上がったところに立った人間は、派手な髪色で目つきの悪いただの人にしか見えなかった。

「あ〜、えっと。みんなで俺を見に来たと言うのは聞いたんだが、別に偉そうに話すな事は・・・・・・」

(おまけに人前に立ってポケットに手を入れたままなんて、行儀がなってないなぁ)

周りが興味津々の顔で彼の次の言葉を待つ。私は少し憂鬱になる。

、どうしたの?調子悪い?」

隣の友人がひそめた声で顔を覗き込んできた。

「うん、少し。後の方で休んでこようかな」

咄嗟にそういった私は、心配する彼女に断りをいれて静かに列の最後へ抜け出した。

気配を徐々に薄めて、駆け出すと辺りがスッと一気に遠ざかる。

その場を離れようとした瞬間、黒崎一護と目が合ったように思った。

(そりゃ、霊圧はすごいし。強いというのはすぐ分かったけど・・・・・・)

それでも。

それでも、この"ぽん"と現れた英雄を憧れの眼差しで見ることは、ないかな。



***


―今から約100年前、

現世の私は13で死んで、ソールソサイティの住人になった。

右も左も分からなくて、自分がどうなったかもわからなくて。

振り分けられた居住区から迷い出て、人のいない荒野で歩く事もできなくなった。

『どうしたの?』
『迷子になったの?』
『帰るところがないの?』

人気のないところに突然、動く影が現れた。

『見えないところにいないで出て御出で』

「・・・・・・虚!!」

聞いたことがあった。

怖いバケモノだと。

(この世界には滅多にいないと聞いていたのに、どうして?)

頭が真っ白だった、それ以上声が出なかった。

体中が震えていた、・・・・・・・でもなぜか脚だけは動いた。

荒れ野に点在する岩から木影へ、草陰へ私は逃げ回っていた。

信じられない速度で疾り、耳元で風がひゅんひゅん音を立てて、目で追いきれない景色はぐるぐる廻っていた。

後を追われている気配に振り向いて、敵が思いのほか近くにいることを知り、怖くてたまらなくなった。

怖いと思った瞬間に、体がぶれて足が止まった。

(倒れる!!)

思わず、目を瞑った。

(・・・・・・おかぁさん!!)

肌に土が擦れる痛さを想像していた。その後にはバケモノに襲われて終わるんだ・・・・・・。

でも、刹那に体が浮いて。そう、腰の辺りを腕で抱きとめられて体を起こされた。

その手が離れて、私が地面に膝をついたとき、背後に雑音めいた悲鳴が上がった。

振り向くと、体の一部を切り離されて動きを止めた黒い塊。

その前に立つ、刀を携えた白黒の長い上羽折の後姿。

「お見事!」

呆気にとられる私にかけられた声はその状況に似合わないおっとりしたもの。

「見事な脚だ。ちょっと間に合わないかなぁ、と思ったっスが・・・・・・」

肩越しに顔が少し捻られて、横顔が見えた。

色の明るい金の髪、楽しそうに歪んだ目。笑みを浮かべる口元。

「もう心配ないから、後はこちらに任せてお逃げ。この子達は自分達と同じ年端の子を見ると仲間にしょうとする、困ったちゃんらしいから」

私の前に立ったその人はそう言って少し笑い、視線を前に戻した。

「それに、これは特殊な例だから。この先に見るのはさっきまでより、よっぽどコワイものだから」

そう言うや否や、その人の体を取り巻く空気が震えるように動いた。

私はそれに押されるように、立ち上がりよろめきつつ走り出した。ジッとしてられない、追い立てられている感じだった。

(優しそうな人だったのに、怖い・・・・・・)

「これは、また・・・・・・イイのが育ちそうスね」

その人の、楽しげな言葉。


逃げ出した私は、バケモノと対峙するその人の後に控えた中の一人に、自分の居住区に連れ帰ってもらった。

「お前、あの人に助けられるなんてついてるよ!俺も決着まで見たかったがしょうがないな」

私が、そのとき知ることができたのはあの人の部下が呼んだ、"浦原"と言う名前だけだった。



***



「なんか、思い出したなぁ」

私は呟く。

そう、あれからだ。

あれから少しずつ霊感が研ぎ澄まされてきたんだ。


研修旅行のみんなから十分に距離を取ったことを確認して、速度を落す。

装束の袖や袴の裾が、自分の巻き起こした風で揺れた。

ゆっくりと辺りを見回しながら町並みの中を歩く。見たことない土地なのに、自分の足音は乱れることなく続いていく。

招かれている気がする。

『もう一度、私の前に姿をみせてくださいよ』

いつか聞いたその声に。



歩く先に、ふと目にとまった古い造りの建物。

木枠のガラス戸の中にはたくさんの色を失った品物が置かれているようだ。しかし内部は薄暗く、よく見えない。

惹かれるようにその店構えを眺める私に、乾いた竹箒の地面を掃く音が、突如入り込んできた。

向けた目線の先には、顔を隠す帽子に、下駄を引っ掛けた人。

その人は私に気付かない。私はいま霊体なのだから、普通の人は気がつく筈は無いんだ。

そう思った時、箒を持ったその人が私のほうに近付く。

掃除のためだ、そう分かっているのに何故か少し緊張する自分に慌てて言い聞かせた。

(今は普通の人には見えない。見えないしぶつかって邪魔にもならないし!)

そう頭では分かっているのに、私はゆっくりと後ずさりし、建物の正面から端の方へ寄った。

(もう戻らなきゃだめなのに、何してるんだろう私ってば・・・・・・)


カラン。

竹箒の置かれる音に目線が再びその人に戻される。

箒を置いて背伸びするその人は、キセルの管を手に取り、建物の外に置かれた木でできた横に長い椅子に座った。

私のちょうど向かい、5mほど先。

キセルの先から立ち上る煙を大きく吸って吐き、その人の目はまっすぐ前を見ている。

私からその人の顔は見えない。

動いては、駄目。そう言われてる気がした。

時間の感覚がなくなっていく。辺りの色が日暮れでもないのに褪せていく感じだ。

そして、私の前に座る人が揺らいだように感じ、改めて目を凝らすと辺りがすっかり暗いと気付く。

「・・・・・・また、会いましたね」

私は背中に人の気配を感じ、反射的に体を固くし、身構える

「あんたは、きっといい死神サンにお成りだ」

「誰、だ!?」

乾いた声で呟くように言った私にその声は少し笑う。

「このちょーっとの間に、貴女に名乗ることのできない人物になっちゃいましてね」

肩に手を置かれ、私は驚く。

小さな波動、振り返った時のおだやかで、でも底の覗えない気配。

「・・・・・・あ、」

いつかあの人がそうしたようにゆっくりと、今度は私が振り返る。

見上げるように顔を覗くと、あの時と寸分違わぬ、色の明るい金の髪、楽しそうに歪んだ目。笑みを浮かべる口元――。

振り向いた私と目が合うと、肩に置かれた手が動いて頭をくしゃりと撫でられた。

名を呼びたがって自然と唇が動く。でも私の声は出ない。

微笑むその人の目がさらに細められる。

「そして、君に呼ばれる事もできなくなりました」

まるで他人事みたいにその人は言う。

私には、ゆっくりと瞬きするくらいしかできなかった。それだけでも瞼が震えて、少し湿った睫毛が重い。

その後・・・・・・。

あの人に両腕で抱き締めてもらった、気がした。

あの人が目じりに、頬に口づけてくれた、気がした。



あの人が、静かにそう呼んでくれた。

でもあの人はもう、返事するどころか顔さえ上げさせてくれない。

がちがちに固められた私が息をするたびに、甘い煙の香りが周りを取り巻いていく。

あぁ、これが真実でも私の望みだったとしても…・・・。

きっとこのまま、夢にされてしまうんだ。

この人が、決めてしまったルールのままに。



***   



はっきりしない頭のまま、私が新入生の班に戻ると、班の世話役の上級生と友人に心配されていた。

友人の話によると、私がいない間に、黒崎一護にまつわる場所を巡ったという。

虚と黒崎一護の戦いの資料映像は、すごい迫力だったと友人は熱く語って、それはほんのちょっと見たかったな、と思った。

「・・・・・・なぁ、お前あの時バックれてった奴だろ?」

友人と話す私に、路の向こうから話しかけてきたのは、大したことないと思っていた"ぽん"と現れた英雄。

(やっぱり、ばれてた・・・・・・)

死神として遥かに格上の彼の話を聞かずにふらついていたなんて、やはり怒られるのだろうか?

「お前、脚速ぇーな、しばらく誰も気付いてなかったぞ」

想像をしていたのとは、180度違う事を言われて戸惑った。

(・・・・・・あれ?)

「あ!?袖になんか入ってねぇ?」

黒崎一護が私の装束の右袖を指差す。

言われてみると何かの重みを感じる。私はその中を探って、手の平に収まるくらいの白い紙袋を取り出した。

折られた袋の口を開くと、中には小ぶりの色鮮やかな模様の入った毬飴。

「これ、あの人の店に売ってるのだな。美味ぇんだ」

黒崎一護はそう言って、私が手の平に出して眺めていた数個のうち一個を摘んで、口の中に放りこんでしまった。

「俺が見つけてやったんだ、これが礼な!」

黒崎一護はにやりと笑ってそんな事を言った。

それで、この貰い主が分かった気がした。


「お前、名前は?」



「俺もお前、いい死神になると思うぜ。」

黒崎一護はそう言い残して去っていった。

「ねぇ、!なんかあったのぉ!?」

友人が興奮した口調で私に尋ねる。

私は心の中で思っていた。

あの人に認められる、黒崎一護がびっくりするくらいの死神になりたいと。

そして、もう一度会って今度はきちんと、あの人の名前を呼んで、あの人が一瞬で私に世界を見せてくれた事に、ありがとうを言いたい、と。

そう考えながら飴を一つ食べて、涙がでそうなのに嬉しくて仕方なかった。

(まだまだだけど、"ぽん"と現れた英雄も悪くないな・・・・・・)





日暮れの日を見送りながら、浦原は燃え尽きたキセルの灰を地面に落とした。

「看板の修理、終わりましてございます」

「あぁ、ご苦労さん」

工具と厚い大きな板を一人で軽々と持つ男は外見とギャップのある丁寧な動きで、板を裏返し表に書かれた《浦原商店》の文字を店の亭主に当たる男に見せた。

「いいっスね」

浦原はそう言ったが、いつものように感情はこもっていない感じだった。

「今日は昼間、お客がありましたか」

男が聞く。

「あぁ。ありましたねぇ、予約のお人が」

「?」

浦原はそう言うと肩を窄めて店の中へ引き上げていった。

「出来たら、自分が手元に置いちゃいたいくらいって人でねぇ。・・・・・・って、もう出来ませんけどねぇ」

小さく呟いて、浦原は手に持ったままでベタつきはじめた飴を口に入れて、ついでに指まで舐める。

「・・・・・・う〜ん、にがあまい」

あのキセルの葉は、恐ろしいくらい後味が苦いのだ。

一笑してお終い。そう思ったのに、上手くいかない。
いつにも増して格好悪いと、情けなくなった部分を浦原は今度こそ笑って隠した。



***


この夢の終わりは、すべて溶けきってしまった後。

それは明日にために

二人とも、こう思わなければいけない――。



《望むままの世界で》

《誤魔化しの利く世界で》

もう一度だけすれ違う一瞬がほしかっただけだと

自分は大丈夫だと。

そして、それまでの時間はに、少し多めに渡されている。




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